Monday, June 8, 2009

価値

相対化の自己増殖から抜け出せそうにない身としては、「価値」なんて言葉を使うのにはちょっと抵抗がなくもないのですが。まあ今夜は(今夜「も」?)妥協します。


今日、トーゴでの研修先のCILSIDAから、メールが届きました。
2008年度の活動報告書の英訳版が添付されて。

そもそもなんで仏語のドキュメントを英訳する必要があるかと言うと、より多くの(つまり、仏語圏以外の)潜在的ドナーにリーチアウトするため。
プ ロジェクトを回すには、資金が必要。そして、資金源の大部分を占めるのは先進国のドナー(ちなみにCILSIDAは2008年度は、UNICEFと Fondation de Franceという2団体からかなりの額をもらっていました)だから、より多くの潜在的ドナーに接触することは、より多くの活動資金を得、活動の可能性の 範囲を広げることにつながります。
(そうやってNGOを隠れ蓑にして得たお金を私利私欲のために遣う人が、わたしがひとつめの研修先JADIなどで実際に見たように、また伊勢﨑賢治が書いているように、ものすごく多いのも事実ですが。。。)

CILSIDAの人たちは、というか一般的にトーゴ人は一部のインテリ層という例外を除いてみんな英語があまりできないから、仏語のドキュメントの英訳は、わたしがトーゴにいる間はわたしの仕事でした(わたしだってそんなに英語が完璧なわけじゃないけど)。

でも、じゃあ、わたしがいなくなった後はどうする?

彼らに書類が書けるレベルの英語力を身につけさせるというのは、わたしがCILSIDAにいた2ヶ月半では到底無理なこと。
そこで考えたのが、アメリカの大学に行っている友達がサークル活動みたいなのでやっている、無料翻訳サービスを紹介することでした。

わたしがトーゴを離れた直後に彼らが連絡を取り合っていたのは知っていたけれど、その後はあまり連絡が来なかったから、最近は立ち消えになっちゃったのかもしれないなあ、なんてぼんやり思っていました。

そんな中に来たのが今日のメール。
ちゃんと、今も続いてるんだということがわかって、ちょっと嬉しかった。


半年間(CILSIDAは2ヶ月半)という期間の中で、わたしにできることは本当に限られていました。というか、こんな短期間で「成果」を求めることは、逆にたぶんあまり彼らのためにならないんじゃないかな、という気がしていました。

そんな中で、わたしがトーゴでの研修中に常に念頭に置こうと思っていたこと:
・わたしにしかできないことをする(彼らにできる仕事を横取りしない)
・わたしがいなくなっても続くことをする(一発打ち上げイベントはしない)

CILSIDAではこの二点にあてはまるものもあてはまらないものもいろいろやったけれど、上の翻訳の話と似たようなことがもうひとつあって、それはトーゴにいる日本のNGOにCILSIDAを紹介したこと。

そ のNGOとCILSIDAは今でもつながりがあって、というかわたしが去った後さらに仲良くなったみたいで、CILSIDAはそのNGOから定期的に孤児 たちのための文房具や古着をもらっています。(そもそもこういう「援助」の仕方ってどうなの、という疑問は残りつつも・・・)

わたしが CILSIDAでやったことって全然大したものではなかったけれど、こうやって今もあの時がきっかけで何かが続いてるって思うと、あの研修では、わたしが たくさんのことを学ばせてもらっただけではなくて、彼らの為にもささやかな価値を出せたのかなあ、と思ったりした日曜日でした。
あとは、翻訳やってたりトーゴでNGOやってたりする人との、奇跡のような幸運な出会いに感謝。人とのつながりって、本当にすごい。

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