Friday, January 15, 2010

違和感

ハイチのことを考えていました。

今日は、ネットでハイチに関するニュースや援助情報を見て、ぼーっとハイチのことを考えて、それで1日が終わってしまった。

今までも世界のいろんなところで大きな自然災害が起きているのに、なんで今回はこんなに頭がoccupyされたのかは、よくわからない。
世界一周やトーゴから帰ってきて何かが変わったのかも。Twitter効果かも。ただ単にPMSだからかも。
とにかく理由はわからない。

「心を痛める」と言うのなら、本当に「心を痛め」ているのなら、どうして普段通りの生活ができるだろう。電気もあってネットもある快適な部屋の中でぬくぬくして、それで「ああ、かわいそう」と一瞬胸が締め付けられるような思いになって、1分後には「ご飯何食べようかなあ」なんて、そんなことってしていいんだろうか。
くだらない極論と一蹴されるかもしれないけれど、他者の苦しみに共感するって、究極的にはそういうことだと思う。

じゃあ、今すぐ現地に飛んで行って、「何もできないけど共に苦しみを背負うことならできる」という私の心の支えであるはずだった『深い河』のフレーズを言いながら、彼らと共に傷つき涙を流せばそれでいい、というわけでもないだろう。

結局、私は無力な偽善者なのだ。

寄付をした。
トーゴで半年間過ごしてから、極度に懐疑的になった「あげる」という行為を、他に何もできない私は選択した。もちろん開発と緊急援助は違う。違うけど、じゃあ本当に緊急援助の場合だったらいいのかというと、よくわからない。いいような気もするけど、よくわからない。
本当にいいかわからない、もしかしたら悪いかもしれないというリスクを背負って行動することと、そのリスクを回避するために何も行動しないこと、という選択肢の中で、わたしは前者を選択した。

今まで信じていたものをことごとくぶち壊すことになった、トーゴでの経験。世界が180度回転したと言ってもいいような、あの経験。そこで感じるようになった世界のあらゆるものごとに対する強烈な違和感を忘れずに、しっかりと向き合っていこうとだけは思っている。
何も知らないふりをして「善意」だからと言い訳をして、本当に相手のことを考えられないようになってしまうことだけは、あの半年を過ごした以上、もうできない。
葛藤と向き合うことと行動を起こすことのバランスは、難しい。

やっぱり私は無力だし、偽善者なのだ。
無力なくせにこんな思考をしていること自体、ハイチの人たちの苦しみや悲しみを冒涜的に消費しているに過ぎない。
そんな人間が語ることは、果たしてできるんだろうか。

だから!
私は語れるようになりたい。
他者の苦しみを消費するのではなくて、真に取り除ける人間になりたい。
・・・理想と現実の間には、とてつもない溝があるけれど。。

Monday, January 11, 2010

出す

時々、ただ、「出す」という行為がしたくなる時がある。

伝わらなくていい。むしろはじめから誰に向けられたものでもない。反応もいらない。

それは、時に、涙。
時に、言葉。
時に、言葉にならない叫び声。
時に、壁に思いっきりぶつけてみる拳。
時に、深い深い溜息。

それが言葉のときは、対象は何でもいい。ブログやtwitterやfacebookに書く。誰にも秘密のアナログ日記に書く。ノートの端っこに書く。結露した窓に書く。書けない時は、声に出してつぶやくだけでもいい。
流れる涙も、溢れ出る言葉も、迸るエネルギーも、それが残っても残らなくても、誰が見ても見なくても、問題ではない。(現実には、残らない方が都合がよいことも多い)

ただ、「出す」というそれだけ。

あたかも、感情や衝動などと一般的に称される(けれども本当はうまく言葉にはできない)何物かが、脳内の化学反応だけでなくてれっきとした固体なり液体なりの実体として存在し、それを掬いあげて自分という枠の外に投げ捨てることができるかのように。

出すことによって自分の外部には何の変化も起こらない(もちろん、自分の周りの空気が振動したとか、目に見えない微生物が死んでしまったとか、ペンのインクが減ったとか、そういう意味では変化は起こりうるけれども)。

それなのに、ただ「出す」というそれだけのことで、自分の中の気持ちがすごく、ものすごく、楽になる時がある。

こんな時(だけ)は、「ことば」があってよかったと心から思う。
ことばが他者と共に生きるためにあるものだとしたら、結局のところ自分こそが他者なのかもしれない(もちろん、ことばの存在意義の方を疑うことも可能ではあるけれど)。

このポストだって、こうして言葉にした時点である意味目的は達成されていて、もはやpublishボタンを押しても押さなくても変わりはない。実際そうやって消えていった言葉たちは今までに数知れない。今回は単なる手続きとしてpublishすることにするけれど。(注:このブログの全てのポストがこういう系なわけじゃありませんっ ちゃんと読み手に伝えたくて書いてる時が殆どなので、今後ともよろしくお願いします笑)

Wednesday, January 6, 2010

Bon appétit !!

うふふ。

とうとう。

作っちゃいました♪

じゃじゃーん!!


トーゴ(というか西アフリカ?)料理、foufou☆

こないだ在日トーゴ人(でももう日本に帰化したそうだから正確には日本人だけど・・)の人のお家に遊びに行かせてもらって、作り方を教えてもらったのです。その日の帰り道に早速材料を買って、とうとう今日作ってみた。念願の「日本でトーゴ料理」!! 嬉しすぎる~♪♪

・・・しかしなぜかソースはakoumé(っていう別の料理)用。。だってfoufouのソース、難しいんだもん :'( トーゴ人が見たら怒られちゃいそうだけど、初めてだから仕方ないってことで。。えへ。

Foufouは、簡単に言えばお芋のお餅みたいなかんじ。トーゴでは主にヤムイモとかキャッサバを使って(ガーナではプランテン(でかくて甘くないバナナ)とかも使うみたい)、本当に日本の臼と杵みたいのでついて作るの。
日本ではそれはできないってことで今回教えてもらったのが、じゃがいものパウダー+片栗粉を使って普通の鍋で作るやり方。じゃがいもと片栗粉で作れるなんて、目からウロコすぎる!!
基本的には、市販のじゃがいもパウダーとお湯と水に溶かした片栗粉を火にかけてひたすら混ぜる。が、この「混ぜる」が超大変!! Akouméを作る時もそうだけど、だんだん固くなってくるとすっごい重くなってきて、腕が痛くなる。。イメージとしては、ホイップクリームを手動で泡立てるんだけどそのクリームがクッキー生地ってかんじ。笑 それでもトーゴ人は毎食普通に作っちゃうからすごい。なんでトーゴ人はあんなに力持ちなんだろう、というかむしろ、なんで日本人はこんなに弱っちいんだろう。。
とにかくがんばって混ぜて混ぜて、できあがりがこんなかんじ↓

見た目はなかなかちゃんとfoufouっぽくできました◎ 味、というか食感の方は、あんなに一生懸命混ぜたけど、それでも混ぜ足りなかったみたいでちょっとまだ柔らかかった。悔しい。。

で、ソース。先に書いた通りこれはakouméのソースなんですが。。汗
私がトーゴにいる時に教えてもらって、たぶんソースの中でも一番簡単なもので、トマトの缶詰と玉ねぎと鰯の缶詰と塩コショウとコンソメを混ぜただけ。それだけ。なので失敗するわけもなく。こんなかんじにできあがりました↓


全体的には、それなりにそれっぽく美味しかったのでまあ及第点かなあ。でもやっぱりfoufouをもっとしっかり混ぜる(こねる)べきだったわ。精進あるのみ。

と、改善の余地は大アリなわけだけど、とにかく、日本の自分の家でトーゴ料理を作って食べれるなんて大感激!!! もっとちゃんと上手に作れるようになったら、トーゴ料理パーティーとかしたいなあ。るんるん♪

Friday, January 1, 2010

HAPPY NEW YEAR 2010

明けましておめでとうございます。

年末年始が何だ、just another ordinary dayじゃないの、と思っていた(る)けれど、透き通るようなまっさらな気持ちで(根拠もなく)希望に満ち溢れることができるのは、元旦のいいところかもしれない。

思い返せば2009年の年明けはトーゴで(眠りながら)迎えました。ホストファミリーは皆、教会のオールナイトミサに出かけちゃってて(この頃私は頑なに教会に行くことを拒んでいた)。私はこの日も23時寝5時起きの生活リズムを崩すことなく、ぐっすり寝入っておりました。ていうか暑かったんだよなー去年の元旦は。季節の変化がないと、時間の経過にも鈍感になる、みたいなことを当時の日記に書いてた。
元旦は、ホストファミリーが教会のバンドをわざわざ私のために家に呼んでくれて皆で踊ったり、お隣さんちでご馳走(って言ってもメニューはいつもと同じだけど)食べたり、ビーチに散歩しに行ったりした。懐かしい。その3日後にトーゴを去って、また旅路についた。

帰国したのは2月10日。そう考えるとまだ1年経ってないなんて、変な感じ。もうすごく遠い気がする。
世界一周の1年は、自分がいかに人とのつながりによって生かされているかを実感した1年だった。帰国してからの時間は、"Things are never the same." ということのrealizationとその中でのstruggleというかんじで過ぎていったように思う。結構へこんでる時間も多かったような気もする。

でも、この間素晴らしい動画に出会って、気持ちが塞いだ時には必ずこれを見てます。見ればたちまち元気120%!!! こんなに幸せな気持ちにしてくれる動画をわたしは他に知りません。大好き☆☆☆
もうね、本当にいいの。ぜひ見てください!!!


もちろん彼の才能もすごいんだけど、何よりこの自由さと底抜けの明るさに、暗い気持ちなんて吹っ飛んで、何度見ても自然と笑顔がこぼれてきちゃう。こんな天真爛漫さをいつまでも持ち続けて生きていきたい!!!

2010年。

苦悩することは時に心地よく、絶望の淵に佇むことは実に容易いので、今年はこんなimperfectな世界を愛し、(PMSにも負けずに)笑顔で生き抜けるようにしたいと思います。

2010年が、愛に満ちた温かな1年になりますように・・☆
みなさま、今年もよろしくお願いします。

Sunday, December 27, 2009

他者のことば

最近postが多い気がしますね。なんでだろう。年末とは関係ないはず。

てか今回ほど感慨のないクリスマス、年末、って、今までなかった気がする(去年のトーゴで迎えたのを除く・・・もしくはそれと同じくらいかも)。世界一周の一年を経て、いろんなものに対して淡泊になったような気がしなくもない。ただしbefore-afterみたいに比較できるほど、自分の過去が明確に固定されたものとしてあるわけじゃないからよくわかんないけど。
とにかく今年はクリスマスのわくわく感とか、まったくなかった。日本の大半の人びとは、自分が何について祝っているかを自覚してあんなに浮かれているのだろうか(反語)。クリスマスがカップルの一大イベントなのは、ジーザスが伝えた「愛」を体現するためなのであろうか(反語)。まあ、バレンタインなどに並ぶ、カップルが「とくべつ」を正々堂々と実行できるいい口実、っていうのはわかりますが。でも、自分の実存に無関係のことにあれだけ狂酔できるって逆にすごいことのような気さえしてくる。
私はといえばそんな日本人であることの後ろめたさを少しでも解消したいがために近くの教会のクリスマスミサに行きました。中高時代にあんなに反発していた言葉が、すごく心地よく響くのは何なんだろう。安心感みたいなものさえ抱く。結局わたしがlinger onできるものって、もはや刷り込みによって染み付いてしまったもの以外にないのかもしれないなあ。でもそれは私にとっては信仰みたいな、世界を規定するものというよりは倫理体系に近いものである上、絶望的な響きも持っているから、相変わらずクリスチャンになろうとは思いませんが。

Anyways, 前置きにもならないようなblabbingはこのへんにして。

今日は縁あって在日トーゴ人会のYear-end partyに呼んでいただいて、行ってきました。

日本にトーゴ人なんてひとりもいないと思ってたからそんな会の存在を初めて知った時は衝撃すぎたけど、今日行ってみたら、いたよいたよー、トーゴ人(複数形)!!! しかも日本語ぺらぺーらの人とかもいてびっくり。トーゴ訛りのフランス語が懐かしすぎて愛しすぎた。リスニング面はほとんど衰えていなかったようで嬉しかった一方、スピーキング面は基本フレーズを失念した事態によってかなりの危機感を覚える。てか最近知ったけどわたしが普通のフランス語だと思っている(いた)代物は多分にピジン的なものであるらしい。トーゴ訛りにならないようにとか、文法を正しくしゃべるとか、すっごいすっごい気をつけて頑張ってたつもりなんだけど、、無念でならない。

トーゴ料理も出て、懐かしいメニューを前に感涙にむせいだ反面、トーゴにいた時は見たことも聞いたこともなかったような料理もあって、私はトーゴについてまだまだ全然知らないことを改めて実感(あたりまえだけど)。そしてそういう実感を抱くとまた行きたくなってしまう。

All in all, 今日は日本でのトーゴコネクションを広げられたのでとてもよかった。エヴェ語とか本気で教わりたい。エヴェ語(だけじゃなくてほんとはKabyéとか他の現地語もだけど、とりあえずはエヴェ語)がわかるようになったら、見えてくる世界ががらりと変わるんじゃないかという確信にも似た期待がある。トーゴの公用語はフランス語だからフランス語ができればコミュニケーションには苦労しないけど、結局トーゴでフランス語を介して見える世界って、意図的に取捨選択されたという性格が強いものだから。相手を理解するには相手のことば(比喩的な意味も含めて)を理解することがものすごく重要。本を読む時に原典にあたるのと同じようなものだよね。それはある意味、事実の純化作業でもあると思う。

結局、今でもわたしをこんなにトーゴに惹きつけているものは、わけのわからなさなんだと思う。もっと知りたい、もっとわかりたい、そんな欲求がわたしを衝き動かしてるんだと思う。

そんなことを思う年の暮れである。

(K君、魔法のことばを教えてくれてありがとう)

AVATAR

見てきましたっ キラーン

感想を一言で言うなら、おもしろかった!
しかも六本木ヒルズの映画館で3Dメガネとかかけて見ちゃったので、迫力もあって映画館で見た甲斐がありました。現代のCG技術はんぱない。

もう夜も遅いのでメモ程度に, "while it's still fresh." すごく乱暴なメモなので、後日ちゃんと書きたい。
(内容知りたくない人はこの先読まないでください。思いっきりねたばらしです)

もう、完全に西洋の 文明 vs 野蛮 の構図。ポカホンタスじゃん!みたいな。
主人公たち「いい者」は、「悪者」に対して「彼ら(ナヴィ)は野蛮じゃない!」みたいなこと言ってたけど、ストーリー展開は完全にもうその二項対立の中で進んでいってた。

まずはナヴィ(パンドラ星の住民。青い人たち)の描写。「いかにも」原住民、的な描き方。儀礼のシーンとか、あの「いかにも」エキゾチックな感じ、もう少し何とかならないのか。

「自然」(この言葉の細かいことは今は置いておいて・・・)と「調和」的に暮らしている人びとは、必ずなんか非文明的な要素を本質的に持っている(持たされている)気がする。それは結局、今のような文明と自然とは共存しえないという、現代に生きる私たちへの死刑宣告なのか。

てか、グレースがナヴィたちを擁護する意図で「彼らのやってることは迷信じゃない!」と言ってたんだけど、その英語のセリフが "It's not voodoo." 的な内容だった件について。。Voodooは迷信なのか!?

「文明 vs 野蛮」の二項対立を温存しつつも「文明=善 vs 野蛮=悪」とは信じきれなくなったポストモダンの、近代の呪縛と価値喪失の苦悩。(とまではいかないかな?)

最後に人間が「負け」てパンドラから去っていっても、結局は「文明vs野蛮」の対立は解消されていない。調和、もとい止揚は訪れない。

そしてなによりがっかりしたのは、最後の最後に主人公ジェイクが人間の体を捨てて(失って)完全にナヴィになってしまったこと。ずっと「異質な他者」としてのアイデンティティを保って生きていってほしかった。そういう「異質な他者」が生きうるという希望を私たちに見せてほしかった。結局、「こちら」か「あちら」か、ここでもそういう二項対立しかない。止揚は訪れない。
てか、人間としてパンドラに残った人たちはどうやって生きていくんだろ?

ナヴィの世界観はちょっとナウシカっぽかったかも。ナヴィになりたいー。

てかこの映画が今の環境ブームと相俟ってエコの文脈でもてはやされたりしたらちょっと残念、なんとなく。

いろんな意味で目新しさはなく、ストーリーも「いかにも」ハリウッドってかんじだったものの、それはそれなりに楽しめたし、とにかく映像がすごくって、それを見るだけでも価値があったと思えるくらい。
批判してるように見えるかもしれないけど、見てよかったです。

Tuesday, December 22, 2009

Better Late Than Never

ということで、昔の世界一周ブログにトーゴでのNGOインターンの報告書を載せてみました。

表が途中で切れちゃってるんだけど、重すぎるせいか何なのか編集画面が開けないのでしばらく放っておくことにします。

それでもJournalの部分を見てもらうと、前半いかに仕事がなかったかがよくわかると思います。笑
研修先変えて本当によかったと今でも思う。本当は研修始めて1ヶ月半ぐらいのところでもう変えたいって言ってたんだけど、実際にCILSIDA(後半の研修先)に移れるまでさらに1ヶ月もかかってしまったのはトーゴのアイセックのせいです。これにTIA (= This is Africa.) と言い訳するなら、そこを自ら変えようとしないで発展したいとか言うな!とひとり内心ラディカルにfuriousになっていたのが懐かしい。
ただ、前半暇だったおかげで、フランス語の勉強ができて飛躍的に上達したり、トーゴの文化についていろいろ見識を深めることができたので、研修以外の側面で言えば悪くない時間でした。あの時期の人間関係は本当にストレスフルだったけど、だからこそ学ぶことも多かったし。

・・・と、もうすぐ1年になるのかーとか思いつつ振り返ってみると、生の感覚として残っている部分がどんどん減っていき、コトバによって構築された記憶や意味づけとして残されていく部分がどんどん増えていっていることを実感します。留学の時もかなりそれを感じてた。だからあえて、コトバを与えずにそっとしておきたいな、って思う時もある。逆に、コトバにしないと忘れちゃうことも多々あるんだけど。

生の感覚がなくなっていくのがかなしい時は、あの頃聞いていた音楽を聴くと即座にあの時の感覚が蘇ってくる。今年の夏トーゴに戻ったのも、思えばトーゴの音楽をふとYoutubeで検索してみたのがきっかけでした。



ちなみに2こめの歌のタイトルは「ゼミジョン」って言うんですが、これはバイタク(トーゴではtaxi-motoって言う。Motoの元はおそらくmotorcycle的ワードだから、まさにタクシーバイク)の呼び名です。「ロメ(トーゴの首都)にはゼミジョンがいっぱいだぜ!」みたいな歌で、いろんなローカルネタが出てきておもしろい。最初に「オレイア!」って言ってるのは、ゼミジョンをつかまえる時に運転手にかける言葉。エヴェ語で、Tu vas? (You go?) みたいな意味です。聞いてると懐かしさに体が疼きます。

だから今になって逆にすごく残念に思うのは、世界一周中スペインで他の貴重品とともにミュージックプレーヤーを盗まれてから、音楽と一緒に旅をできなかったこと。トーゴとかヨルダンとか、町中で大音量で四六時中音楽が流れていた場所を除いて、世界一周の時の感覚を蘇らせてくれる音楽を、わたしは持たない。だから、あの時の感覚はきっと二度と蘇らない(他にそんな効果を持つものを、わたしは知らない)。

しかし。
この「蘇る」と表現されたわたしの内の感覚は、果たして本当にあの時の感覚のままであると言えるのだろうか・・・

この「感覚」すら、「感覚」というコトバによってしか他者と共有し(ているという(幻想かもしれない)安堵感を持ち)えないもどかしさ。

もう哲学はいやだよ

しかしそこにもうコトバは生まれてしまっているのだ。

いやだよ

いやだよ

あ、でも、「そこにコトバがあってしまう」となると、もはや哲学じゃないのかな。だって愛してないもん、ロゴスという知を。というか、愛という価値すら置けない。あるいは、愛憎半ばみたいなかんじなのか。
一部の(多くの?)偉大な哲学者が精神を病んでいるってことは、(ある種の、という留保がつくかどうかは眠くてよくわからないけど)知は人を不幸にするかもしれないってことなのかしら。まあロゴスというシステムの不完全性からして当然のことなのかもしれないけど。「知らぬが仏」とはよく言ったもの。

Monday, December 21, 2009

居場所

正直言って、就活、しんどいです。

受かる/受からないとかいう話の以前に、ビジネスという資本主義ガチガチの世界に飛び込むという覚悟が、どうしてもできない。

今までさんざん人のお金を食いつぶしてきて、自分でちゃんと稼いで食べていけるようにならなければいけない、っていう思いはすごくあるんです。人より3年遅れている分、余計にその思いは強いと思う。

でも、逆に言うと、それだけしか「働く」ことに対するモチベーションがない。

大学に入って「ことば」や「ロゴス」といったものへの全面的な依存とシステムの不完全性に気付き、ロゴスを持ってしか考えることすら能わない体系の中で信じることのできる価値を喪失し、相対"主義"なんかも通常言われるようなポジティブな立ち位置なのではなくもっともっと深刻で破壊的なものである、と言いたいけれども言えないような無限のループに陥った。

だけど何もスタンスをとらずに生きていくことってできなくて、じゃあ何を信じるかってなった時に、もはやロゴスを紡いで作り上げたものを選ぶことはどうしてもできなくて、そんな私が立ち返らざるを得なかったのは、「感覚」だった。私が小さいころから刷り込まれてきた価値観、もはや思考を超越し感覚となってしまった価値観、しか、無根拠に信じることのできるものは残されていなかった。

その価値観とは、平たく言ってしまえば資本主義社会の対極にあるようなもの。
正直であること。清くあること。弱者に寄り沿うこと。愛すること。
偽善であるとか、そういう批判は、自分でもさんざん自問してきたし、これからもきっと問い続けなければならない。だけど、この「感覚」は、そうやすやすと「ロゴス」ごときに崩されるようなものではないと思う(、感覚的に)。

「就活は、正直者が馬鹿を見る。」
きっとその先にあるビジネスの世界もそうなのだろうと思う。「勝つ」ことが最高の価値とされるのだから。そのような強者の論理に支配された世界において、私がようやく見つけた、「信じることのできるもの」は否定される。フロムの言葉は、一方で私に大きな安堵をもたらし、一方で決定的な絶望をもたらした。

資本主義に冒された現代の社会には、私の居場所なんてないのかもしれない。

お金なんかなくなっちゃえばいいのにな。

Sunday, November 15, 2009

wanderlust

Am having the onset of wanderlust syndrome again...

旅に出たい病発症。な週末。
周期的に発作が起こるのです。原因不明の発作。決して今の生活が嫌とかではないんだけど。

旅を美化するのはあまりにも一方的で自己満足的な気がして好きではないんだけれど、それでもやっぱり時々日本にはない空気 ("air" here having the literal meaning and not the figurative one as in "KY") に包まれたくなる。

マサダの、太陽と地面との間を隔てるものが何もないあまりに直接的な日差し。「ああ、ここには神が必要なんだな」と、一瞬にして私の身体をもって理解せしめた果てしない真っ赤な荒野。

フュッセンの、心を澄みわたらせるような朝の冷気。滴を浴びて木々があげる歓びの歌声。

ロメの、今にも踊りだしたくなるようなあっけらかんとしたひたすらに青い常夏の空。細かい砂と埃を含んだ潮風。

シーパンドンの、全てを包み込み全てを流し去るようにゆったりと流れるメコンの夕暮れ。ジャック・ジョンソンを聞いているだけでイっちゃいそうな楽園の昼下がり。

ペンシルベニアの、開拓時代から何も変わっていないんじゃないかと信じてしまいそうな程のどかで美しい秋の彩り。

ヴァーラーナシーの、牛の糞にまみれた迷路の先にある命に対する過剰なまでのエネルギー。その横をただ無関心に流れる河。その河の向こうから闇の終わりを告げる朝日。

ギョレメの煙草の煙と匂い。

ハロン湾の神秘的な霧。穏やかな波と心地よい風とバーバーバーに酔いしれる夜。

ホイアン慕情。色とりどりの光が煌めく鏡の水面。

その空気に包まれながら、私の身体が、そこ、に、ある、ということ。

その空気に包まれながら、私が孤立したアウトサイダーであること。

身体がここにはない空気を欲している。
Physicalだからこそ、日本では再現できないもの。
こんな風に言葉にしたって、表現できっこない、伝わりっこない、だけどこのwanderlustの発作をカルテにしたためる。

身体性がlifeに占める大きさ。その先には「わかりあえなさ」が頭を擡げているとしても。

When and where will be next?

Wednesday, November 4, 2009

沈まぬ太陽

寒くなりましたね。
暖房をつけたいのにこんな時に限って壊れてしまって、おんぼろ日本家屋の部屋は今日もしんしんと冷えこみます。母が救援物資を送ってくれたというので、復旧まではそれで命を繋ぐことができそうです。ありがたや。


さて。
「沈まぬ太陽」観てきました。
ひょんなことから2回も観てしまった。原作はまだ読んでいないので、純粋に映画の感想をば。
「社会派」と評されているけれど、それは具体的なトピックがそうっぽいだけで(そもそも「社会」って言葉自体が曖昧で何を指すのかよくわからなかったりするんだけど)、実際にはもっといろんなテーマが織り込まれていていろんな観点からappreciateできる映画だと思う。

わたしのappreciationは、主にふたつの視点から。

ひとつは、御巣鷹山の事故をめぐる遺族の描写を通して考えた、というよりは思い出したこと。あんまり映画そのものとは関係ないかもしれないけれど。遠藤周作の『深い河』を読んだ時に強く強くわたしを打ちのめした感覚。
世間から見たら何の変哲もなかったり軽蔑すらされていたりどんなに取るに足らないような人であっても、ひとりひとり、今までの人生めいっぱい分の、他の誰とも違う、その人固有の経験の中に、喜びがあり、学びがあり、悲しみがあり、苦しみがあり、痛みがあり、それを背負いながら今を生きている。他者の背負っているものの中身を理解することはできなくても、その重みには常にawareでいたい。"Only one" という俄かに流行りの言葉を使うとしたら、それは自分のためではなく、他者と向き合う姿勢として忘れずにいたい。

もうひとつは、就活中の身ということもあって、いわゆるワークライフバランス的なものについて。
家族を犠牲にすることの上に仕事が成立する、って、どういうことなんだろう。なんでそうなっちゃうんだろう。主人公の恩地が象徴しているであろう数十年前 のサラリーマン像(とそれを生んだ社会システム)については、このワークライフバランスに対する考え方次第で評価が二分される気がする。「矜持」を美学 と見ることも、身勝手と見ることも可能。恩地の妻の「わたしだって、いっぱい我慢、してたんですよ」という言葉が沁みた。
何かひとつのものごとを選んで信じて突き進むことができるのってすごいことだと思うけど、バランス感覚を持って生きていくのも至難の業よね。でも、案ずるより産むが易しなのかなあ、もしかして。ううむ。

(余談:でもでもっ 恩地の置かれた時代や文脈を無視することが許されるならば、僻地勤務は羨ましすぎる! カラチ・・・は今危なそうだから置いとくとしても、テヘラン(・・・も危ない?)とかナイロビとか行きたすぎる。)


*** R.I.P. Claude Lévi-Strauss ***